介護

2014/07/18

ワールドカップをホームから応援

いろいろな事情があるにせよ、老人ホームに母を入れることになったことは
だれに何を言われようと、子としての自分への負い目をぬぐいきれない。

母をホームに入れてよかった、と思える、 日々の細かな出来事だけが、そんな気持ちを晴らしてくれている。

そらの体調が悪くなってからしばらくホームには行けなかったけれど 先日ようやく何か月かぶりに会いに行った。

母は腰痛を訴えてはいたけれど、顔色もよく太ったようだし元気でほっとする。

先般のサッカーの話。
そらはちっともスポーツに興味がないので、今回も世間のフィーバーの蚊帳の外だったけれど
母は昔からスポーツ観戦が大好きで、
相撲はもちろん、オリンピックなどもそれはそれは楽しみにしていて 夜中になろうとも、起こしてもらって観る。
今回のサッカーも然り。

日本だけでなく、どの国の試合も熱心に観ていたようだ。

スタッフさんの詳しい人に作ってもらった、顔写真入りのメンバーのポジション図を片手に
夜遅くも、早朝も、しっかりと応援していたらしい。
その写真を見せてもらう。

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何度見ても爆笑~。smilesmile
ホームでの生活を精いっぱい楽しんでいる様子を
そらと娘は何度でも眺めて笑ってしまう。





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2014/07/03

母のなんでもメモ帳

昨日の母からの電話は。
いつものメモ帳がたりなくなったぁ~と。
母のは
特別製なんです。

横長の小学生用「れんらくちょう」を買ってきて~
それを半分にカッターで切って~
バラのほうを特大ホッチキスと製本用テープでとめて~。

Cimg1067
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いくらでもこのくらいの小さなノートってあるでしょ。
で、なんで、わざわざこんな面倒なことするかっていうと。

横長連絡帳は、縦書きで、日付付きで。
日記を書くにも
俳句をおもいつたときにすぐメモメモするにも

ちょうど良い大きさで

やっぱりこれなんだそうです。sweat01

ええいっsign03 今日は、まとめて20冊つくりました。しばらく、かなり当分、だいじょうぶでしょ。


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2014/03/29

母のホームの満開桜

桜を愛でる国。

にっぽん人、でよかったと思える瞬間。

母の老人ホームでの桜は満開でした。

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2012/01/06

日々新鮮な驚きで喜ぶ母との記念すべき新年

なんていうタイトルかしら、・・・でも、まあ、そういうことです。heart04

今年の母のホームで集合した家族の新年会は、本当に幸せな気持ちで開くことができた。

母が、会話の輪に入り、嚥下を気をつけながらおせちもつまみ、

コーヒーも飲んでみようかしら、なんて!!

昨年末から肺炎から生還した母が

思いがけずまさに「人」として生まれ変わり

毎日が「新しい」ことの連続で忙しいけれど楽しくて仕方ないと言う。

暗く長いトンネルが続いた数年のことは忘れてしまっている。

失いかけてた言葉も、文字も、感性も、意欲も、突然もどってきた。

お正月のカルタ、書き初め、はねつき、とっても楽しい。と日記に書いている。

日記だって、何年ぶりかしら。

テレビでも紅白歌合戦も、箱根駅伝も、ちゃんと観ている。

入居してからのお友達とのコミュニケーションも楽しむ。

そらの三年日記の今年の冒頭は嬉しい言葉で始まった。

◆新年のごあいさつがわりに、の 小バサミとケース。

刃物は差し上げるものとしては忌嫌われるけれど

ごくごく近い身内だから気にしないであげちゃう。

ごくごく細かいものも絶妙な感度で切れる

そらのお勧めの小バサミだから。まあいつもの自己満足。

それに、近くで開店したばかりのこじゃれた焙煎コーヒー屋さんで

特注でくみあわせてもらった豆セットと組み合わせて。cafe

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2011/11/02

母の退院決まる

肺炎で入院した母は、

あまりの衰弱ぶりに逝ってしまうのかと覚悟すらしていたのが

50日かかって奇跡の復活~!!。。。。。今週末には退院となる。

しかも、入院前からぼんやりとしていて認知に限りなく近かったのに、

入院中、永い眠りから目を覚ましたお姫さま?のように、目もぱっちり、頭もしっかり、気持も明るく。

薬を大幅に変えたこと??、点滴でしっかり栄養を送ったこと???、

病院のにぎやかな明るい雰囲気も影響したのか????

周囲は唖然、そして涙涙。

しかし退院後には不安も多い。

肺炎を患ってからおむつになってしまった母、とろみ食になってしまった母、

ときどきの痰や微熱の心配も残る。

せめておむつが取れてから、とか、せめて、ちゃんとしたものが食べられるようになってから、とか

でも、内科の救急病院だから、そんなことは許されない。

肺がきれいになったら完治、退院してください、となるのは仕方のないことだろう。

退院後も、私たちがリハビリを続行し、ホームにもできるだけ協力をお願いし

母を支えていく。

また調子が悪くなったら入院させていただけばいいのだ、と気持ちを切り替える。

◆ながかった病院通い、その合間に、これも完成~~ナノダ。

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2011/10/16

母と話ができる喜び

入院一カ月となり。
まだまだ微熱があり痰も相変わらず多く
酸素吸入も外せないけれど それでも、眠り続けてあちらの世界に入りかけていた母が
このごろは、いろいろ話してくれる。

まあ、頓珍漢も多いのですが。

まず、
夢と現実との境がなくなっているし (船に乗っていたり、お姫様になっていたり???)
どの時代に生きているのやら、タイムトラベラーになって  
(亡くなった人がいっぱい出現、いつのこと?というような)(*_*;

それでも、話が通じる。
そらのこともわかってくれる。
感情も安定。
おだやかな母の顔を見られ、
病院へ行く道も楽しくなってきました。


◆あいかわらず、あいている時間はやっぱり革ちくちくと。

この型紙でつくったバッグはこれで4作めなり。

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2011/09/29

母は入院中




老齢には肺炎は命取りになる、

それ以前に、人としての機能を失ってしまうことになることを

実感している。

入院して明日で2週間。

肺炎は数値的にはだんだんよくなっているものの、

母の心身の反応はどんどん鈍くなり、

言葉は不明瞭、こちらの言葉かけも理解できないことも。

目はほとんど開けず、かぼそく、いたい、、、くるしい、、、を呻く。

車椅子だった母も、もう寝たきりで、おむつ。もう私のことも認識していない様子。

傍らで涙を流しながら、ずっと添う。

頭、顔や体を拭き、口をゆすぎ、腰や手足をさする、そんなことしかできない。

人間は、こうやって最期を過ごさなくてはならないのだ、と改めて思う。

わずかに、ほんのわずかに、

母が、再び 人として生きる力を持てるようになる望みも持ちながら。

◆ ぺちゃんこ書類バックを時間の合間に縫った。

もうひとつは母がずっと自分の名前を忘れていたのを苦にしていたので、

今やそれももう意識にはないかもしれないが、母の表札を縫っている。 

せめてもの願かけか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

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2011/09/09

新旧手帳カバー

母が軽い肺炎になった。

入院を希望したけれど、満床を理由に断られ

強い抗生物質と解熱剤を飲み続け、点滴に通いながら・・・

それから約10日。ようやく回復のきざし。

痩せて弱い弱い母だけれど、

ドクターは「よくがんばったね、体力があったからだよ」???という。

回復期のこれからの一週間もそれがためされる。

◆あいまに、気になっていた 来年用の手帖カバーをちびちびすすめて

母の回復とともにできあがった。

今年までのも、いい革でとても気に入っていたのだけれど、重くて。

しかも金具に一年分が挟みこめないので不便だった。

来年からは、 毎年毎年能率手帳を購入することにした。

能率手帳っていろいろあって、

一番そら的にヒットしたサイズでカバーを作ってみた。

左が古いの。右が今回の。shine

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表~。                    

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裏~。いつものそらのイニシャル♪

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率手帳。900円強。ビニールカバーsweat02

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それを入れると。 ワア、来年が待ち遠しい~!

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2011/06/20

母に守られてきた遠い記憶がよみがえる

「もしもし? そら? ・・・」

「どうしたの、おかあさん、受話器もっとくっつけて?聞こえる?」

「うん・・・」

「何かあった?」

「いや、、そらが具合悪いって言うから心配で・・」

「そうか、心配して掛けてくれたの、ありがとうね。

梅雨時のせいか、調子悪いの。でも寝てるとおさまる。

お母さんの所へ行けなくてごめんね。そのかわり娘たちが今度行くからね・・・」

めったに電話をかけてこない、かけられない(体が思うように動かせない、鬱でもある)母が

珍しくかけてくれた。

毎週末ホームに行って一緒に過ごすのだけれど、さして嬉しそうでもなく待ってるふうでもなく

でも先週末行けなかったことを気にしていてくれたんだ。

こういうときは、やはり、昔からの優しい心配性の母なんだなあと思う。

こうやっていつもいつも私たちは、母に守られてきたんだ。

今日は代わりに娘たちが訪問した。

母の好きな煮豆とサラダ、サンドイッチ、あんパン

それにいつも楽しみにしている和菓子類を持参させ。

からになったタッパが嬉しい。

少し落ち着いてきたようだから、来週は会えるかな。

◆さて、ひとりぼっちの日曜日、

借りてきたDVDを観ながら、そしてさっきはいよいよ最終章のJINを観ながら

ちくちくしたのは、さてなんでしょう~?碁石じゃありませんよお。

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はいっ、答えは・・・・・・・・・・・・

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マグネットです!はしっこ革もだいぶ整理されました。

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2011/05/22

84歳の親友同士

母の親友が、はるばる三重から会いに来ることになった。

母の気が変わらぬうち!と、いそぎ母のホーム内での宿泊など手配。

しかし、きっと母は

楽しみな気持ちもあるけれど

またまたあれやこれや気を回し、不安になり、神経質になり・・・・

一日中そればかり考え、やめようか、といったり、具合が悪いといったりするのだろうなあ・・・

でもそんなことは想定内だ。

母はまじめな穏やかな性格で、人のために尽くすことを厭わなかったから友人がとても多い。いや多かった。

でも、鬱になってから、

そしてホームに入居してから、

知人友人と一切交流を絶ち 手紙も一方通行、電話も留守電を聞くだけ。

それが続くとすっかり、相手からの音信もとだえる。

コミュニケーションは一方だけでは存在しないのだから、当然だ。

それでも、その親友とだけは 不思議と気分が良いと 話をしたいとも言うことがあった。

そしてこのたび、母の気持ちもよい季節とともにちょっと上向きか

会ってもよい(なんてかなり上から目線の言い方でも許される間柄・・・)と返事。

84歳の女学校からの親友同士。

もう自分の名前も忘れかけた母、

声も小さく、手も震え、立てず、何もする気が起きない母、

そんな母とどんな時を過ごすのだろうか。

その日はせいいっぱいきれいにしてあげよう。

今朝。案の定、母から電話あり。

・・・・・・どうしよう、私ひとりじゃ接待できないとぐずぐず。

明日と勘違いしてた。。。。(*_*;

当日まできっとこう言う繰り返しかもしれない。

◆余り革で、また小物を。

ツートンカラー。蛇腹マチ。カードが入る大きさで。

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そらのちくちく作品集

  • いつもの普段用トート
    まだまだへたっぴながら 本人は 作っていさえすればとにかくHAPPYで そんな具合で作り続けています。 もちろん、 もっと技術が向上すればいいなあ と思ってますが。

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